介護モンダイ

2016年5月 7日 (土)

ご無沙汰しておりました。

母が亡くなりました。

と、言ってももう四十九日の法要も納骨も終えたのですが。
既に父も男兄弟も亡くしているオバちゃんが喪主を務めた今回、親戚だけの家族葬にしました。
生前、母自身は「お葬式はせんでええ、戒名なんかいらん」と散々言っていたのですが、実際亡くなってみると、母の希望?!を遺言に残してもいないので、母の兄弟や親戚の手前、そんな風に終える訳にもいかず、フツーにお葬式を行い、戒名も頂きました。
父から数えて僅か20年間で4回、同じ葬儀社にお世話になっており、その葬儀社の会員でもあるのでかなりの割引を受けたにも関わらず、たった20人程の小さなお葬式だったにも拘らず、お葬式の代金は176万円(そのうち、花や緑が大好きだった母なので、花が多めの祭壇にしてもらったら80万)、お寺さんへのお布施は戒名50万、枕経から初七日までトータルで30万でした。フツーに死後のイベントを済ませようとすると300万円くらいは必要、ってことでした。
・・・・おかあちゃん、こんなんせんといて言うたやろって怒らんといてやdespair
でも、お陰でええ勉強になったよ。
オバちゃんはその年頃になったら終活ノートにお葬式と戒名はいらんと書いておこうとつくづく思った。それと、その年頃になったら、オバちゃんは病院になんて行かん・・・。
母を見送って心配事がひとつ。
生前、あんまり夫婦仲のよろしくなかった父と母。同じ位牌に並べて名前を刻んでもらったけど怒ってへんかなcoldsweats01 いざ、お墓の中へ行ってしまえば、大好きな息子二人に会えるからいいじゃん、ね? もうオバちゃんにガミガミ言われなくなったから良かったやろ? 新生活、楽しんでね・・・、おやすみ、お母ちゃん。

2012年7月12日 (木)

ごめんね、結局またグチります…。

『今度からはまた気楽な話題でお目に掛かりましょ』と前回のブログを結んで早40日…。

この間、3回ほどブログを書いたり消したりしていたのですが、結局、まとめきれず放りっぱなしにしてしまいましたweep

ブログネタにしたいクリークは亡くなり、どんさまはパッとせず、ちっちゃいもんはお祖母ちゃんにオバちゃんの部屋を提供したせいで、押し入れの奥に仕舞い込んでしまい、遊ぼうにも気軽に取り出せなくなっちゃって…結局、どの話題でも盛り上がれず断念しちゃった次第です。

それにやっぱり、懸念のお祖母ちゃんモンダイが片付かんことには気もそぞろ、ってとこが大きいんでしょうね…。

あれから母を入居させたい老人ホームに申し込みに行ったのはよいものの、結局、入居条件として一日3回行っているインシュリンを、最悪でも一日2回、出来れば昼間の1回にしてほしいと言われ、母を入院させて、薬効の持続性が高く、一日1回のインシュリン注射で済む薬に変えたりしてました…。

母のインシュリンは、昨年末に「膜性腎症」という腎臓病で入院したことを切っ掛けに始まりました。(糖尿病としてはそれまでは錠剤でしたが、腎臓病で新たに始める薬が血糖値を高くし、それをコントロールするためにもインシュリン注射を始めなさいというお医者様の説明でした)

今になって思うのですが、インシュリンを自分で注射出来る者に対してはそれでよし、として、うちの母のように「認知症」で自己管理が出来ないものに対して、一日三回の血糖値測定とインシュリン注射という手の掛かる治療を始めるなら、決める前に介護者に一言相談があってもよかったんやないですかねannoyannoyannoy

それまでにも母と衝突することはありましたが、「もう一緒に暮らせない…」と白旗を揚げたくなったのは、まさにこのインシュリンが始まってからでした。

体の事ももちろん大切やろうけど、それによって生活の質(家族との不仲とか)が下がってもエエんかな…。

一日1回でも済むインシュリンがあるのなら、一日3回のインシュリンにするか、介護する私に選択の余地を与えてくれてもよかったんやないんか~!

それが全てではないけれど、お祖母ちゃんと別居したいと思うような仲になってしまったのはこのインシュリンが始まって、いろいろと自己管理しなければならないことが増え、それでなくとも人からあれこれ言われるのが好きではなかったお祖母ちゃんが反抗的な態度になり、私たち家族と上手くやっていけなくなったことが大きな原因なんやからね…。

で結局、老人ホーム側の要望通り、入院までしてインシュリンを減らしたにもかかわらず、今日現在まだ、入居可の返事をもらえずにいます。

心臓・腎臓・肝臓・糖尿と今や各種、病気を取り揃えたようになっちゃったお祖母ちゃんですが、今になって、老人ホーム内で行われる訪問看護ではお祖母ちゃんの病気を診きれそうにもないので、入所するとしてここから通院する病院を決め、まずは診察してもらってください、と言うのです…crying

こちとら入所申し込み時から、今掛かっている病院の紹介書を提出しておるというのに、そんなことを今更、言うんか~!って感じです。それならそうともっと早く指示しておくれよ…こんなことじゃ、りんごの夏休みが始まるまでに、別居を始めるなんてとても無理やろな…。

去年の夏のお祖母ちゃんとりんごの諍いがフェードバックして…頭痛がするわ。
りんごの夏休みが始まるまでになんとかしたかったのに…sweat02

2012年6月 2日 (土)

教訓 弐  介護施設は一日にして見つからず。

昨年春に認知症の母の介護が始まるまで、介護の「か」の字ともご縁のなかったオバちゃん、介護の問題で困ったら福祉課に相談に行けば何とかしてもらえるものだと思っていました。

甘いーっ!

そうです、世の中、そんな甘いもんやございませんでした。

4月末に母と同居が始まり、???な行動をする母を認知症では?と気が付き、市の保健師さんに相談に行ったのが5月末。
紹介していただいた認知症のお医者様に予約が取れて診ていただいたのは6月末。
すぐに要介護認定の申請をしましたが認定が下りたのはお盆のまっただ中。
そして暑い中をディケア施設を探して、母がようやく通う気になる施設か見つかって通い出したのは9月末の事でしたcrying

この手間取った期間のお蔭でお祖母ちゃんとりんごは、夏休みの期間にますます溝を深め、りんごが10月に持病を悪化させたことを思うと…sweat02sweat02sweat02

うちの市の福祉課だけの事なのか、世の中全部そうなのかは判りませんが、とにかく、福祉課の方がお出ましになったのは「要介護申請」の部分だけ、あとは全部、介護者自身で調べて行って契約せねばなりませんでした・・・。

何にも知らなかった頃のオバちゃんのイメージでは、福祉課に相談に行くと、ケアマネージャーさんを紹介していただけて、全部相談に乗っていいただけて決まっていくものだと考えていました。

違いましたぜー!

何が何やらわからず、訪ねた福祉課で渡されたものは一枚の紙。
「居宅介護支援事業所一覧」なるものでした。
なんといきなり、この中から「ケアマネージャー」になってくれる人を探してディサービスなどの相談をしなさい、と言うのです。

今となっては、公の立場の福祉課が言わば個人経営の事業所をあれこれ紹介できない事情も分かりますが、あの時は「なぁんにもわからんのにこんな紙切れ一枚で、どうして選べっちゅうのよ~!」と言う心境でした。

結局、オバちゃんが選んだのは、当時、地域のちょっとした役員をやっていたので、その縁で、ある講演会を企画することになって講師にお願いした方がケアマネさんだったので、その人が務めていらっしゃる事業所に電話しました。

オバちゃんは日頃からあんまりつるむのが好きじゃなくて、積極的にいわゆる「ママ友」とかをつくる方じゃありません。で、いろんなことの評判に疎い、これがダメですね。
ケアマネさん探し、ディサービス施設探し、すべて口コミに頼るしかありません。
まだまだ遠い先の話だと思わず、日頃からアンテナを張っておくべきだとつくづく思いました…。

で、一年後の今は「有料老人ホーム」探し。
母との同居に白旗を揚げて、オバちゃん、現在、「有料老人ホーム」を探してます。

認知症の老人には「グループホーム」という選択も本来ならあるのですが、これは原則、健康?!な認知症の人が対象で、一日に三回のインスリンを欠かせない母は入所させてもらえません。次に選びたいのは当然、お安い「特別養護老人ホーム」ですが、認知症ではあるけれど、体に不自由もなく、一応、娘と同居している母に入居の順番が廻ってくるのは何年、何十年後(例えば420人待ちです、なんて仰る施設もありました)か判らず、とてもじゃないけれどアテにできない状況です。

幸か不幸か、まだ結婚してなかった息子を亡くした母には息子の残した幾ばくかのお金がありました。母に、それを使って「有料老人ホーム」に入居してもらうことにしたのです。

「有料老人ホーム」を探すに当たり、これまた人脈をもたないオバちゃんが使ったのはインターネット。

この「有料老人ホーム」もこれまた千差万別、まさにピンからキリまです。

大体が「入居一時金」と「月々の家賃・食費・管理料」と「介護度に合わせた負担金」を支払うことになるのですが、この「入居一時金」がeyeうん千万eyeのところからmoneybagうん十万moneybagまであります。

オバちゃん、探し始めた当初、有料老人ホーム探し相談所のようなところに駆け込んだのですが思わず聞いてしまいました。「入居一時金が何千万ものトコと何十万のトコって、何が違うんですかっ!」

そしたらその相談員の方は仰いました。

「それはまったく、その方の好みです。お高いところは何もかもに贅が尽くされています。がそしたらお安いところはダメかと言うと決してそんなことはありません。こういった施設は国の決めた基準に則って運営されておりますので。」とのこと。

要はうん千万のところは決められた以上の設備内容やスタッフがいて、だけど、うん十万のところでも必要最低限の設備やスタッフはおりますよ、っちゅうことです。

オバちゃんちはもちろん、うん千万などと言うのは当然無理coldsweats01、入居一時金150万、他の費用が月々大体20万円(うち10万円弱は母の年金で賄う予定)になりそうなところを選びました。近々、入居申し込みに行ってくる予定です。

資金からしてだいたい10年くらい入居していられる計算です。

10年経てば、りんごも大人になるし、オバちゃんも勤めに出たい~!と願っても勤め先が無くなる頃…、この頃までに特別養護老人ホームの順番が廻ってこなかったら、またうちに引き取って、今度こそ、介護生活を全うする覚悟、です。

長々と書いちゃったけど、読んでくれたひと、おるんでしょうか。
ええんです、おってもおらなくても、私のように困った人の何かの足しになれば、と言う思いで金額まで書いちゃったのですから。

実はもっと違う内容も含んでゴールデンウィークの頃から書いては消し、書いては消し、してましたcrying
もうやめようかと何度も思ったけれどA型のオバちゃん、これを飛ばして別の話題に行けず、なんとか書きましたcoldsweats01

今度からはまた気楽な話題でお目に掛かりましょ

2012年4月24日 (火)

教訓 壱 日頃のきずなは大切に致しましょう。

最近の可愛い認知症のおばあちゃんがケーキのろうそくを吹き消すCMを見る度、オバちゃんとりんごはため息をついて目を合わせます・・・shock

同じ病でも人によって千差万別なのはよくあることだと思うけれど、この「認知症」ってのは特にそうなんだろうなぁ~とつくづく思う。

以前、総合学習の一環で、認知症についての授業を受けて帰ってきたりんごが憤慨しながら一言言ったのは「きれいごとばっかり、言わんでほしいわannoy
授業の後に、感想文を提出させられたらしいが、「書かんとそのまま出してきた」・・・。

ここでオバちゃんがリッパな親だったら、「認知症のおばあちゃんにやさしくしなアカンやろ~!」と諭さねばならないのでしょう・・・。最近、おばあちゃんに対するりんごの言葉がだんだん刺々しくなってきているのに気が付きながらオバちゃんは何も言えずにいます。ストレスを貯めこんで持病悪化させた時のりんごの姿が浮かんで、ここで叱ったらまた再発するのでは・・・と叱るのを躊躇してしまいます。

誰かに教えていただきたいです。

こんな時、親を守るべきですか? こどもを守るべきですか?

オバちゃん、どっちつかずの状態から最近では明らかに、こども寄りになってます・・・coldsweats01

「ちっちゃい時、あれだけおばあちゃんに可愛がってもらったん、忘れたんか~sign01」と言えればどんなに簡単な事か・・・。
でも残念ながらうちのおばあちゃんに関してはこの言葉が使えません・・・。
以前から自分の楽しみ最優先で生きてきた母からは、凡そほかの「おばあちゃん」と違い、殆ど何かしてもらった経験がありません。
自立心旺盛なオバちゃんは特に母の助けが欲しいと言うこともなく、何でもかんでも自分で何とかして過してきちゃったしね・・・。

でもそんなりんごだって、ちっちゃな頃からおばあちゃんを嫌ってたわけではない。
ちっちゃな頃は誕生日やクリスマスにおばあちゃんを招待しては、朝からおばあちゃんが訪ねてくるのを首を長くして待っていたし、そのおばあちゃんに夜になると「泊まってって~」と泣いて頼んでいたものです。
そこで母も「帰って寝たほうが楽!」と泊まることなく、泣いて頼む孫を気に留めることもなし、その日のうちに帰って行ったおばあちゃんでしたけど、ね。

どんさまとの出会いを切っ掛けにすっかりハマり、今ではこの鬱々とした日々の気晴らしとなってくれている韓ドラheart01
思えば自分自身のよく言えばドライ、有体に言えば希薄な親子関係とは違い、くんずほぐれつ愛し合う親子愛が、どっか羨ましい思いがあって惹かれてたんでしょうかね・・・。

家族愛は壱日にしてならず。

お互い迷惑をかけんと過ごしましょう、なんてのはきれいごとでした。

どちらかが「認知症」になってしまえばそんなことはなかったことも同然、全面的に関わらずにはいられない日々が始まりまっせ・・・。

2012年4月23日 (月)

親を介護するということ。

母が我が家にやってきて早一年・・・。

それは同時に大好きだった弟が逝って一年、と言うことでもあります。

先日、父の17回忌、兄の5回忌、弟の1周忌を済ませました。

こんなこと書いてたら、どっかの宗教から勧誘に来られそうsweat01sweat01

・・・来ても無駄やでbleah

オバちゃんは無神論者、カミサマを信じて楽になれるんやったら苦労はないね、へっbleah

確かに夫と息子を二人とも亡くすなど、外から見れば母は「気の毒なひと」となるのかもしれない。が、間近で母の人生を見てきた娘としては、母の生き方にも一言も二言もある・・・。けど、反論の場を持たない母を一方的に攻めるのはヤメときましょ、娘の礼儀としてね。

この前書いた「白旗」・・・、母と別居することを考えています。

体に不自由があるわけでなし、ほとんど毎日、日曜日以外はディサービスに通い、手取り足取りの介護はまったく必要ない母との同居がそんなに大変なのか!とお叱りを受けそうですが・・・、もう降参にします。

そもそも母の認知症に気が付いたのは、とても孫娘に対する言葉とは思えない母の暴言からでした。
日常生活の中で、何かとおかしな行為を始めた母に、遠慮と戸惑いからはっきりものが言えなかった私に代って、娘のりんごが「おばあちゃん、○○しいや」とか「おばあちゃん、○○はさっきしてたで」と言葉をかけてくれるようになりました。
そんな孫娘に対して「いちいちいちいちうるさいな!」とか「私を監視してるんか!」と事あるごとに母が突っかかり出したのです・・・。

以前から、どちらかと言えば自分の楽しみを優先して過ごしてきた母。
決して仲が悪いというような関係ではなかったものの、ドラマや人から見聞きする様な孫可愛がりをする母でもありませんでしたが、孫娘に対して、こんな物言いをすることまではなかったのに・・・。

時はタイミング悪く、夏休み・・・。
まだ介護申請中でディサービスの利用もしておらず一日中、リビングで扇風機の見張り番をしていた母と夏休み中の孫娘はどうしても顔を合わせることになってしまい、二人はますます険悪なムードに・・・。そして10月、母がやっとディサービスに通ってくれることになったのですが、時すでに遅く、りんごのほうがストレスにやられてしまい、ほとんど忘れかけていた持病が驚くほど悪化、一時はあわや不登校?!とさすがにノンキなオバちゃんも胸を痛める毎日を過ごしましたcrying

それでも見栄っ張りなオバちゃんは、弟の葬儀の場で、母の兄弟である叔父や叔母に「おばあちゃんを頼むで」と言われた呪縛から逃れられず、なんとかならないものかとズルズル過ごしてしまいました。

そしてお正月・・・りんごと私がダブルでインフルエンザに罹ってしまいました。
それでも家事が一切、出来なくなってしまった(しなくなってしまった?!)母の食事の支度はどうしてもせねばならず、それを夫に買ってきてもらった出来合いの食品で何とか凌いだものの、私が高熱でヘロヘロな姿でやっとこさ食事を持っていくにもかかわらず、「どうしたんや?」とか「大丈夫か?」の一言もなく、いそいそと食事をする母を前にして、なんだか絶望的な気持ちになってしまいました。 

そんな私の気持ちが映ったかのように、小康状態だったりんごの病がまたまた悪化、国立病院へ転院せざるを得ないほど悪化してしまいました・・・。小学校卒業を控え、楽しい行事が目白押しの毎日だったのに、またまた学校に行けない日々にしてしまいました。

四十目前でやっと授かった我が子・・・何をするにもいつも一緒で過してきた我が子・・・、娘が受けたストレスはそのまま、私が受けるストレスだったのかもしれない・・・、そう思うと孝行娘と思われたい見栄も今すぐ捨てるべきだと思いました・・・。

それでも認知症の母を実家に戻し、一人暮らしさせるのは無理。

認知症の方々が共同生活をするグループホームと呼ばれる施設に入所するには、糖尿が悪化してインシュリンを打たねばならなくなった母は、認知症であるために自己注射が出来ず、看護師さんが常駐しないので、と言う理由で入所できず・・。

一応特別養護老人ホームに入所申し込みをしてはいますが、要介護1で体に不自由もなく、同居する家族がいる母に順番が廻ってくる望みはほとんどなく、この四月中に入居OKの特養が見つからない場合は、介護の必要な一人暮らしの老人が住む共同住宅への入居を検討しようかと考えています。

母との同居にストレスが生じる理由・・・実はこれだけではありません。

それはまた、次の話にしときます。

sunお日様sunが照り出したので、お掃除でもしてきま~すsign01

ほんじゃ、ねhappy01